
天窓通信
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「天窓」について 嶺岸 浩牧師
天窓という名称をつけて文章を書くようになったのは、牧師であられた河野進という方が詩集を出されており、その詩集の中に「天窓」というタイトルの詩を読んだことがきっかけでした。
天 窓 河野 進
「部屋が暗いから
屋根に小さな天窓を作った
太陽の光がさしこんで
ふしぎなほど明るくなった
そうだ 心がうっとうしいとき
すぐに祈りの天窓を開こう
天窓とはうれしい名だ」
この詩を読んだときに天の窓という聖書の言葉を思い起こしました。
「十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、わたしの家の食物とせよ。こうしてわたしを試してみよ。
——万軍の主は言われる——
わたしがあなたがたのために天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたに注ぐかどうか。」
(マラキ書3章10節)
「神は 上の雲に命じて 天の戸を開き」(詩篇78篇23節)
「主はその恵みの倉、天を開き、」(申命記28章12節 )
「たとえ、主が天に窓を作られたとしても、」(Ⅱ列王記7章2節)
マラキ書以外にも、上記のように「天の戸」、「天を開き」、「天に窓を」の表現があります。
マラキ書は、私たちに与えられている、収入の十分の一を神(主)に捧げる時、天の窓を開いて溢れるばかりの祝福を与えるから、試してみよと神(主)は仰せられるのです。
預言者のマラキは私たちの収入源に対してのみ神(主)を試してもいいと語られています。
それ以外のことで試してもいいとは聖書は教えていません。ここを間違えないでください。
河野進牧師は「心がうっとうしいとき すぐに祈りの天窓を開こう」とすすめ、「天窓とはうれしい名だ」とまとめておられます。私はこの詩を読んだ時に、心がうっとうしい時だけでなく、あらゆる時に「すぐに祈りの天窓を開こう」と思わされました。祈りの天窓を生涯の目標にしようと思いました。
キリスト者としてあらゆる時に、すぐに祈りの天窓を開いて、主イエス様に祈りを捧げ続けようではありませんか。私たちに与えられた使命に一つに祈りがあると思います。
天窓とはうれしい名だ。アーメンです。河野進牧師から教えられた祈りの天窓の使命に生涯をかけて歩み続けたいと思います。
私は『天窓』の詩を「天窓(Tenmado)通信』とタイトルをつけて、封書の下の方に貼って手紙などを発送しています。
これから天窓通信(牧師室から)としてホームページに投稿していきます。
よろしくお願いします。