みことばのカード作り 〜ヨナ書2:8から教えられること〜(2025年11月)

ハレルヤ!数年前から、聖書のみことばの一部や読書をして心に残った言葉をカードにして作り続けています。
カードを作ることによって自分自身が励まされますし、また、カードを渡した方にも同じように励ましがあることを願っています。そのカードの長さは約15㎝、幅は約5㎝の細長いカードです。ラミネート加工する時もあります。


最近作ったカードは、ヨナ書2章8節のみことばです。

「むなしい偶像に心を留める者は、自分への恵みを捨てます。」新改訳聖書(1970年版)
「空しい偶像に心を留める者は、自分への恵みを捨て去ります。」新改訳聖書(2017年版)

私は長い間、1970年版の聖書を読んでいます。ヨナ書を読んで、改めて、偶像に心を留めてはならないことを思わされました。
聖書に言う偶像および偶像礼拝とはなんでしょうか。多くの日本人は、創造主なる神ではなく、自然、月、星、太陽など、いろんな像を作って拝んだり、神社仏閣に祀られている人を拝み、お祭りでお神輿を担いだり、またお札を買ったりと、さまざまの偶像に仕えています。これらのことが偶像礼拝にあたるのです。多分、このような活動に参加している多くの方々は自分が偶像に仕えているとか、偶像礼拝をしているなどと考えたこともないのだと思います。地域の方々が参加しているのだから、自分も参加して当たり前のことだと理解しているのだと思います。

私はイエス・キリストを様を信じていなかったころ、新年の三が日になると必ずある神社に行き、鈴や鐘を慣らし、お賽銭を入れて拝むことをしていました。これが私を含めて多くの日本人がしてきたことだと思います。私もこれをすることが自然で当然のことだと思っていました。
しかし、私はキリスト教会の伝道集会に行き、ある牧師先生のメッセージを聞いて、主イエス・キリスト様を信じました。自分が救われたことを本当に理解しました。救われたその時から50年以上にもなりますが、神社や仏閣などに行き、拝むことやお札を買ったりすることはやめました。聖書で言うところの偶像礼拝をやめることができました。今はひたすら主イエス様を信じて祈り、感謝して歩んでいます。

ヨナ書2章8節に「むなしい偶像に心を留める者は、自分への恵みを捨てます。」とありますが、多くの方々はこのむなしい偶像に心を留めているので、この世界の創り主である、神さまからくる恵みを捨てていると言うのです。「自分への(神さまからの)恵みを捨てます。」ということなのです。なんともったいないことでしょうか。
なぜなら、人間である私たちは毎日、神さまからの恵みがなければ、生きることは不可能なのです。毎日の生活で飲んだり、食べたりができることや生活を楽しむこと、喜ぶことなどは神さまの恵み以外の何ものでもありません。ですから、むなしい偶像に心を留めてはなりません。神さまからくる恵みがなくなってしまうからです。
毎日、神さま()の恵みを大事にし、大切にして、感謝して生きていこうではありませんか。

過去の嶺岸牧師のみことばカードたち。教会行事や季節によってさまざまなカードを教会員に贈ってくださいます。